医療のデジタル化推進に必要な高齢者対策

ICTやAIの技術の発展によって、ビジネスの現場だけでなく、教育や行政サービスでもデジタル技術による省人化、効率化といったDXが進んでいます。医療の現場も例外ではありません。電子カルテをはじめ、診察券や問診票のデジタル化などが進んでおり、ネットによる予約システムを導入している病院やクリニックも多いことでしょう。

しかし、こうしたデジタル化の障害になっているものの一つに、スマートフォンやタブレットの操作に慣れていない高齢者への対応があります。端末機器の操作が苦手な高齢者は、どうしてもITツールやデジタルサービスを敬遠しがちです。そうした高齢者にもデジタルサービスを活用してもらえる社会の実現に向けた取り組みを紹介します。

高齢者のデジタルデバイド解消が課題

デジタルサービスの普及を考える際に必ず問題となるのが、地域による通信回線の普及の違いや年齢による情報量の差によって生じる「恩恵の格差」です。こうした格差をデジタルデバイドと呼びます。

日本では全国に通信回線が広がり、都市と地方の格差も小さくなってきました。しかし、スマホやタブレットなどの端末操作が苦手な高齢者が、まだまだ多いのが現状です。内閣府の調査でも、60歳代の4分の1以上、70歳以上の6割近くがスマホなどを利用できていないという結果がでています。

総務省「高齢者のデジタルデバイドの解消のための総務省の取り組み」(2021年11月12日)より

今後、日本が直面する高齢化や人口減少を考えると、行政サービスのデジタル化による省人化、効率化は欠かせません。このため、高齢者にもスマホなどの情報端末に慣れてもらうことが大きな課題となっており、自治体や企業も高齢者のデジタルデバイド解消に向けた取り組みを進めています。

医療現場でも、予約システムを導入したのに、高齢者にはなかなか利用してもらえない。窓口の予約・診察受付業務が予想していたほど減らないといった悩みは多いのではないでしょうか。

診察券をデジタル化して、スマホと電子カルテを連携したり、診察受付や予約をオンライン化したりできる「デジタル診察券」や、ウエブ上で問診を行い電子カルテに自動的に転記する「デジタル問診」を導入する医療機関も増えていますが、やはり、高齢者の端末機器への抵抗感が課題となっているようです。

高齢者のデジタルデバイド解消のための取り組みを紹介する前に、医療スタッフや患者の負担を軽減するデジタルサービスの一部を紹介しましょう。

デジタル医療サービス紹介

HOPE LifeMark-コンシェルジュ(ホープ ライフマーク-コンシェルジュ)

富士通が2016年に発売したデジタル診察券システムです。スマホと電子カルテを連動させることで、再診受付や予約、診察の順番、待ち時間の目安の確認などがスマホからできるようになります。病院に合わせたカスタマイズも可能で、クリニックから病院、大学病院まで幅広く導入されています。

デジタル診察券のスマホ画面例(富士通のプレスリリースより)

ambii  WEB問診

筑波大学発ベンチャーのAmbii が2020年にリリースしたデジタル問診票システムです。QRコードからスマホで問診表を取得でき、来院前などに入力することで、院内で問診票に記入する手間や時間を省きます。患者が待合室に滞在する時間を短くし、紙やペンに触れることもなくなるので、院内での感染リスクを抑えることもできます。

入力は英語や中国語、韓国語、ポルトガル語など12カ国語に対応。内容は日本語で電子カルテに転記されるため、外国人の患者も安心して受診できます。


デジタルデバイドの解消に向けた取り組み

高齢者のデジタルデバイドを解消するには、画面の文字を大きくしたり、操作を分かりやすくしたりするなど利便性の向上が欠かせませんが、なんといっても高齢者にスマホやタブレットといった端末に慣れてもらうことが肝心です。このため、企業や自治体では高齢者向けにスマホ向けの講習会を開いたり、端末機器の操作が得意な地域のリーダーの育成を図ったりとさまざまな取り組みをしています。

その中から、KDDIと東京都渋谷区の取り組みを紹介しましょう。

地域のスマホ講師育成プロジェクト KDDI

KDDIは、住民を対象にスマホ操作を指導し、地域で活躍する「スマホ講師」を育成する事業を2022年7月から高知県四万十町で始めました。

この事業では、住民から希望者を募り、2回の講習を受けてもらいます。受講者にはスマホの操作だけでなく、高齢者に興味を持ってもらえるような言葉遣いや対応を学んでもらい、実際に新人相談員として活動してもらうなどの実地訓練もあります。受講者は最後に学科試験と実技試験を受け、合格すれば自治体が開設する「スマホよろず相談所」の相談員や、自治体主催のスマホ教室の講師を務めることができます。

地域で活動するスマホ講師を育成するとともに、スマホに関することなら何でも相談できる相談所を設けることで、高齢者のデジタルデバイドを解消するのが事業の狙いです。同社は四万十町で20人のスマホ講師を育成する計画で、今後も他の市町村で同様の事業を展開していく予定です。

参考:KDDI地域主体のデジタルデバイド解消へ、地域住民のスマホ講師を育成

スマートフォン貸与による高齢者デジタルデバイド解消に向けた実証事業 渋谷区

東京都渋谷区は2021年9月、スマホを持っていない65歳以上の希望者約1700人に2年間、無料でスマホを貸し出す実証実験を始めました。貸与期間は2年間で、その間、操作方法やアプリの活用方法などを講習会や個別相談会で指導します。

市では、参加者から個人を特定しない形で利用状況のデータを収集するほか、アンケートも実施して、利用頻度や意識の変化を分析。デジタルデバイス解消のための対策などを検討します。

参考:高齢者デジタルデバイド解消に向けた実証事業(スマートフォン貸与)

まとめ・企業や自治体のデジタルデバイド解消の取り組みに期待

政府主導でのデジタル化推進が始まったとはいえ、日本のデジタル化は海外のデジタル先進国に比べると遅れています。スマホやタブレットが苦手な高齢者が多く、「導入しても利用者はそれほど多くないのでは」と導入に二の足を踏む事業者が多いのも一因でしょう。

しかし、医療現場でのデジタル化推進は省人化や効率化に加え、感染対策としても有効です。今後も国や自治体、企業の取り組みによってデジタル化に向けた啓発は進み、そうした取り組みによって端末機器が苦手な高齢者も減っていくに違いありません。

また、医療側もデジタル化のメリットを目に見える形で提供することも重要です。医療のデジタル化が患者にもメリットがあるという認識が広がれば、高齢者のデジタルデバイドも自然と小さくなっていくのではないでしょうか。

参考:【医療業界のDX事例】DX普及の壁となる高齢化にどう立ち向かうか?

日本総研 高齢者のデジタル・ディバイド問題の現状と、自治体の今後の取り組みの方向性示唆