患者さんは本人や家族などの体調不良や病気の不安を抱えています。そうした切羽詰まった状況では、期待していたサービスが受けられなかったと感じた場合にクレームが生じやすくなります。そんな時どんな対応をするべきなのか、あるいはやってはいけない対応はないのか。さらにはひどいクレーマーにはどう対処したらいいのか。クレームというテーマを通じて病院やクリニックの運営をどうバージョンアップさせていくのか考えてみます。
待ち時間に対するクレームで注意すること
病院やクリニックでよくあるクレームやその対応について、最も多い待ち時間に対するクレームの場合を例に考えてみましょう。
例えば「受付をしてから2時間も待っているのにいつまで待たせる気だ! 」と患者さんから怒りのクレームが来たとします。この時どうこたえるべきでしょうか?
「そう仰られましても、ほかの方々も順番にお待ちいただいていますので」や
「混雑していますが、順番通りに診察を行っていますのでお待ちください」な
どはNGです。
まずは、待たされている患者さんの心情に共感を示し軽く謝罪をします。
「お身体がつらいところを、お待たせしてしまって申し訳ありません」などと謝り、もし可能であれば「お待たせしてしまい申し訳ございません。○曜日の午前中でしたら、今日よりも比較的空いているので待ち時間も短めですむかもしれません」などと言い添えると一層よいでしょう。
クレーム内容を受け止める側としては、些細なことでも、相手にとっては一大事なのだと思いを馳せるのが鉄則です。こちら側の言い分 や正論を通そうとすると、さらなる不快感を与えてしまい、クレームがこじれかねません。
多様なクレームに対する基本的な対応
このような比較的軽めのクレームだけではなく、医療事故も視野に入るほどの重大なクレームもあります。クレームが入った際、これをいい加減に対応する
と、さらなる2次クレーム3次クレームにつながり、事態はさらに悪化する方向に向かいます。経済的な負担も大きくなる可能性もあります。具体的にはクレームの内容によって、理想的な対応は違ってきますが、基本となる部分は共通していますので、以下を心がけたいところです。
①複数名で対応する
クレームへの対応は必ず複数名で対応することです。一人でクレームの内容を受け止めるのではなく、複数で聞くことで勘違いや話の食い違いなども起きづらくなります。また、一人だと感情的になる可能性がありますが、複数だと多少心に余裕ができて冷静になれるものです。
②まずはクレームの内容をよく聞き取る
相手が主張しているクレームが事実なのか、それに対する要望は何なのかとい
う点によく耳を傾け聞き取る必要があります。ありがちなクレームに対しては、患者さんの話を遮ったり、否定したり、満足に聞き取らないうちに早急に回答しようとしてしまいがちです。そうした態度はますます不満を募らせてしまいます。傾聴という言葉があるように、ある程度時間を取って、しっかりと聞き取りをすることが大切です。
③正確で詳細な記録をとる
クレームをする人は、主張したことがきちんと伝わっていなかったり、誤って記憶されていたりすると、その態度はさらに硬化していきます。クレームを聞き終わり対応を検討する際にも、正確な記録がなければ困難です。
仮に、訴訟などに発展する可能性も念頭におき、正確かつ詳細な記録をとっておくことが重要です。
④弱腰な対応や特別扱いはしない
クレームの勢いに負けて、その場限りの弱腰の対応や特別扱いをしてしまうと、その後も要望が延々と続くことが考えられます。また、ほかの患者さんから同様の要望があった場合、の対応に差をつけてしまうと、そのこと自体がさらなるクレームに発展します。
⑤スタッフでクレーム内容を共有する
一人の人間や限定された人間がクレームについて対応してしますと、全体で事例の蓄積ができなくなるため、何度も同じクレームが発生してしまいます。クレームは個人が受けているのではなく施設が受けているものだという意識でしっかり情報共有します。
⑥ 対応が施設内に収まらないことの見極め
待ち時間の長さに対するクレームのように軽微なものであれば、スタッフだけで十分に対応が可能ですが、言いがかりにも近いようなクレームや理不尽な対応、さらには暴力を振るわれたりなどの事案になると院内での対応は困難です。無理をせず弁護士や場合によっては警察への連絡も必要になってきます。
クレーム対応にはマニュアル作成を
こうした対応のルールを暗黙の了解としたりや一部の人間だけが知っているのでは意味がありません。すべてのスタッフがクレームの対象になりえることを考えれば、きちんとした対応マニュアルを作成して共有するべきです。
マニュアル作成のためには、組織横断的委員会のようなものをベースに、院内全体で起きる問題を対象に各部署で納得できる実行可能なマニュアルを基本方針として作ります。特に医師の対応に問題がある場合は、他のスタッフからは指摘しにくいため、しっかりとしたマニュアルを明記しておくべきです。その場合、厚生労働省や他院でのクレーム対応事例マニュアルなどを参考にするとよいでしょう。
さらにマニュアルを作成したら、定期的に運用例をフィードバックしながら継続的な見直しや改良を行います。
悪質なクレームへの対応
クレーム対応でもう一つ考えておかなければならないのが悪質なクレームの対応です。モンスターペイシェントやクレーマーの問題は近年増加の傾向があるといわれ、しっかりとした対応が必要です。
「クレーム」と「悪質なクレーム」の境界線はどこにあるのでしょう。なかなか難しい問題ですが、一応定義づけしておけば、クレームは要求や自らの正当性を主張することで、悪質なクレームは要求の根拠が正当でない、つまり言いがかりであったり、根拠はあるが要求内容が課題であったりする場合としておきます。
こうした相手には、通常のクレーム対応よりさらに冷静かつ誠実に対応する必要があります。そして必ず組織(複数の人間)で対応する。金銭で解決しないなどがポイントとなります。
あまりにも悪質なクレームの場合は、訴訟などの法的対抗措置がとれるよう相手の住所、氏名、所属団体、勤務先、連絡電話番号、名刺、乗ってきた車の番号、何を言ってきたのかなどを記録し、可能であれば会話も録音しておきましょう。
何度も誠実に説明しても納得せず、長時間業務が中断する場合は、「業務妨害」もしくは「不退去罪」で法的措置をとることを警告。従わない時は警察官の出動要請を行います。
クレーム管理ソフトの導入を検討する
クレームに対する対応マニュアルと同じような考え方でシステム化できるのはクレーム管理ソフトです。
例えば「クレーム管理」 (キントーン、サイボーズ)はクレームの通知先を設定しておくと、迅速に関係者へ周知でき、社内調整コストを削減できます。さらに対応状況をグラフ化し、対応漏れを防ぐことができます。また、月別の発生件数の傾向をもとに、今後の対策を立てたりすることができます。
「クレーム対応管理システム」(Salesforce、コムチュア株式会社)は、店舗やコールセンターなどで受付けたクレームをクラウドで一元管理。クレームのリスクレベルに応じて各部門にリアルタイムで指示が届き、対応の進捗状況も共有できます。また、クレームがどういう傾向にあるかなど分析し、予防措置や再発防止につなげていくことも可能です。
クレームは施設の改善のためのシーズ
クレームと聞くと、マイナスなイメージを持ちがちですが、必ずしもそうではありません。クレームを適切に対処することは、提供するサービスをより良くするきっかけや、自分自身のスキルアップにつながるチャンスでもあるのです。
クレームの多くは、相手が期待していたサービスを受けられなかったために発生します。つまり、クレームを通じて「患者や利用者が求めるサービスとはどういうものなのか」を知るきっかけになります。
クレームの種類には、 「困っていて」サービスの改善を希望するもののほか、「サービスを良くしたいから」と善意で寄せられるものもあります。クレームを訴える側は時間も労力もかけて、言いにくいことを伝えてくれます。なかには事業所側に非のない理不尽な内容もありますが、まずは相手の言うことを真撃に受け止め、解決策を探る姿勢が大切です。
クレームが発生してしまったら、施設改善のためのシーズだと思い前向きに捉えて対応したいものです。